三好 長慶

三好 長慶(みよし ながよし/ちょうけい)は、戦国時代の武将。畿内・阿波の戦国大名。室町幕府の摂津守護代、相伴衆、管領代。
大永2年(1522年)2月13日、三好元長の嫡男として現在の徳島県三好市で生まれる。父・元長は細川晴元配下の有力な重臣で、阿波や山城に勢力を誇っていたが、天文元年(1532年)に元長の勢力を恐れた晴元は一向一揆の力を借りて、元長を殺害してしまった。この時長慶は、河内守護代であった木沢長政の仲介や、幼少であるという理由から許されて晴元に従うことになる。享禄・天文の乱では天文2年(1533年)6月に一向一揆と晴元の和睦の仲介人となっている。

長慶は父や曽祖父以上に智勇に優れた名将であった。天文8年(1539年)には父の遺領を受けられなかったことに不満を持って、2500の兵を率いて上洛し、力によってそれを手に入れることに成功した。この時、12代将軍足利義晴は長慶を恐れて近江に逃走し、晴元は六角定頼に長慶との和睦を仲介してもらうほどであったという。これにより長慶は摂津守護代、越水城主となった。その後、長慶は細川氏の重臣として忠実に働き、木沢長政(太平寺の戦い)や遊佐長教らの敵勢力を次々と打ち破っていき、応仁の乱収束後に事実上の天下人であった細川氏の最有力重臣にまでのし上がった。

そして、天文17年(1548年)、細川晴元と敵対していた細川氏綱側に寝返って、翌天文18年(1549年)に晴元と13代将軍・足利義輝を近江に追放し、同族ながら敵対していた三好政長を討った(江口の戦い)。これにより細川政権は事実上崩壊し、三好政権が誕生することになった。

長慶の政権は幕府を滅ぼすのではなく、将軍を傀儡としてその影として実権を掌握し、畿内を支配した。また、管領の細川氏綱をも監視下において実権をほぼ剥奪した。

天文21年(1552年)1月、六角氏の仲介で敵対していた細川晴元・足利義輝らと有利な条件(長慶は幕府相判衆となり、晴元は氏綱に家督を譲って隠居)で和睦した。

ところが天文22年(1553年)から再び両者と争い、永禄元年(1558年)に京都霊山の戦いで足利・細川軍を破ったことを機会に義輝と和睦し、自らは幕府の主導者として、幕政の実権を掌握したのである。ただし、逆説的にはこれは三好家が幕府権力の掣肘に伏する事に他ならず、山城一国の統治権を将軍家に返還するに留まらず、幕府に替わって発行していた長慶名の裁許状もこの年を境に途絶え、中央政権たる体裁を失うという政治的な敗北は明らかであった。これ以降は堺の経済力を握り、有能な弟達に軍を預けて、河内や大和、丹波に転戦して、畿内に一大政権を築き上げたと言ってもそれは幕府隷下の地方権力に留まる結果を齎したのである。

細川晴元と公然たる対立関係に突入して以来、摂津を拠点とした長慶の権勢は、河内を拠点とする守護大名・畠山家の実権を握る守護代・遊佐長教との姻戚関係によって支えられるところが極めて大きかった。

だが遊佐長教は天文20年(1550年)、三好家の台頭を疎んじた将軍足利義輝によるものとされる暗殺の犠牲者となってしまう。この長教の死を契機に河内畠山氏は三好政権のくびきを脱し、独自路線を取るようになって三好政権との対立路線を進むこととなった。

永禄3年(1560年)、長慶は畠山氏と安見宗房の処遇を巡って最終的な決裂に至り、同年11月13日には畠山高政の居城高屋城を攻め落としてこれを紀伊に逐う。

だが体制を建て直した畠山高政は領国の河内と紀伊の諸将を纏め上げ、六角義賢と連携し逆襲に乗り出した(久米田の戦い)。この結果、三好家は永禄4年(1561年)に細川晴之(細川晴元の次男)を名目上の盟主とする畠山高政・六角義賢の同盟軍に破れ、一時的ながら京都を明け渡す。この後、教興寺の戦いを経て畠山・六角勢力は再び三好家の影響力に置かれる事となるが、山城を失い幕府への直接的な支配力を減じた三好政権の後退は明らかであった。

さらに永禄4年(1561年)と翌5年(1562年)に2人の弟十河一存・義賢を失い、永禄6年(1563年)の嫡男義興という相次ぐ一族の死を経て、晩年の長慶は徐々に心身に異常を来すに至っていた。

これにより、長慶の個人的手腕に依存する所の大きかった三好政権の勢力は大きく衰え、実権を家宰の松永久秀に操られるようになった。

永禄7年(1564年)5月、弟・安宅冬康を誅殺した直後、前年から病がちだった事もあり、自身も後を追うように7月4日に河内飯盛山城下の屋敷において病死した(病死ではなく謀殺説もある。犯人は、死後に台頭した松永久秀や三好三人衆の中の誰かではないか、との憶測を呼んだためで、俗説もしくは後世の作家の創作だとも考えられている)。享年42。

嫡男の義興が前年に早世したため、甥で十河一存の息子である三好義継が養子として後を継いだ。

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