幸せとは何か

バベルの図書館

無限の蔵書があるが、ありすぎてたどり着けない図書館。一部しか読むことができない。

There is nothing either good or bad, but thinking makes it so.
物事に良い悪いもない、心が善悪を作るのだ。
Shakespeare (シェイクスピア) -

人生は私たちの心が生み出す
仏陀

三大知識
インド:ウパニシャッド、バガヴァッド・ギーター、仏陀
中国:孔子(論語)、老子、孟子
地中海:旧約聖書、新約聖書、コーラン

ポジティブ心理学
自分の長所や徳を伸ばす

象と象使い
仏陀は心を野生の象にたとえた。
プラトンは、自己とは二頭の戦闘馬車であるとした
高貴な馬:ムチを要せず、言葉による指令のみで動く
野卑で淫らな馬:聞く耳を持たず、やだムチと突き棒にてかろうじて動く
象の行動に対して限られた制御しかできない
象に指令することはできるが、それは象が自分自身の欲望を持たない時だけ
象と象使いがチームとしてうまく機能する

幸福は心の内側からもたらされるものであり、世界を自らの欲望に沿うようにすることからは得られない。

心のあり方を変えることは世界を変えるよりも多くの場合有効。
一方でこの世には追い求める価値があるものが存在する。

ミシェル・ド・モンテーニュ

腸には1億以上の神経細胞がある。脳からの指令ではなく自主性が高い。

プロザックなど脳の薬も腸に副作用を与えてしまう。

外科医ジョージ・ボーゲンが動物実験でうまくいった(ように見えた)ことから右脳と左脳の脳梁(神経線維の大きな束)を一か八かで切った。

大脳新皮質
古い大脳辺縁系を取り巻いて広がる大脳新皮質が人間の脳に特徴的
大脳新皮質のうちの前頭皮質は理性の座、プラトンの御者、仏陀の象使い
大脳辺縁系はプラトンの悪馬、仏陀の象
(ただしそんなに単純には分かれずに影響し合っている)

大脳新皮質の出現によって、象使いが働けるようになったのだが、象もさらに賢くなった。情動(主要部分である象)が大半を(好きか嫌いかに基づき)決めている。

小さな象使い(制御されたプロセス)と大きな象(自動プロセス)

小さな象使い(制御されたプロセス)には言語が必要

小さな象使い(制御されたプロセス)はコンピュータでできるが、大きな象(自動プロセス)はまだコンピュータにうまくできない。大きな象(自動プロセス)がものすごく完成しているから。

象使いは、象の意思に反した命令をすることはできない。象使いは助言者か召使い。象はその他すべて。

象使いは、象が将来に望むであろうものを変えることができる。

「理性は情緒の奴隷に過ぎず、そうあるべきであり、情緒に奉仕し、服従する以外の役目を望むことはできない」。
デイビッド・ヒューム

不快な思考を除去しようとすれば、間違いなく、その思考は繰り返し心の中に現れる。なぜなら、自動化されたプロセスが、継続的にその思考を排除できているかチェックするので、自動化されたプロセス(象)と制御されたプロセス(象使い)は相反する目的のために働くことになり、最後は制御されたプロセス(象使い)が先に疲れてしまう。

何が良く何が悪いか、何が美しく何が醜いのかを決めるのは実は象で、象使いの理屈を誘導している。

感情的な議論や道徳的な議論においては象使いは象の弁護士になる。

「ここで鍵を落としたのですか?」「いや、向こうで落としたんですけどこっちのほうが明るいので」

我々は象使いであり象(象の部分が多くものを決めている)。

人生は思考により作られる
マルクス・アウレリウス

人生は、私たちの心の創造物である
仏陀

幸運は人をより貪欲にさせるだけだが、不運は人を強くする。
富と名誉は、平和や幸福でなく、不安と強欲をもたらす。
あなたがそう思わなければ悲惨なことは何もない。あなたが満足しなければ幸福は訪れない。
ボエティウス

(ただ、)象使いが単に変えようと決意し、その計画に従うように象に命令することなどできない。象を訓練しなおすことは難しい。

象と象使いはそれぞれに意見を持っている。

象はあまりに多くの物事を悪くとらえている(ネガティブ・バイアス)。ダーウインの自然淘汰理論からして当然。良い物事に比べて、同程度に悪い物事に対し、よりすばやく、強く、持続的に反応する。

私たちはちっぽけな病気ほどには大いなる健康には敏感でない
ベンジャミン・フランクリン

神経インパルスは毎秒30mしか進まない(!)。したがって回避システムには近道があり、それが扁桃体。悪は善より強くて速い。

扁桃体は危険に対する反応を引き起こすために脳幹へと延びているだけでなく、思考を変えるために前頭皮質にも延びていて、その後の処理にネガティブバイアスをかける心のフィルターを通して世界を見るようになる。ネガティブな情動がすべてを悪く考えさせる。

幸福感の50-80%が人生経験よりもむしろ遺伝的な相違で説明できる。大脳皮質くじにはずれた人は、過剰活動する回避システムの支配力を弱めるために生涯奮闘することになる。

瞑想は、象を飼いならして、なだめ、静める。数か月で、脅えた、ネガティブで、貪欲な思考の頻度が減る。

沈黙の孤独を知り、静寂の喜びを感じたとき、人は恐れや罪から解放される。
仏陀

アーロン・ベックの抑うつの三大認知「私はダメだ」「世間はひどい」「私の将来は暗い」。

認知療法は、象を直接的に打ち負かす方法でなく、象を訓練する方法を教える。

自分にしてほしくないことは、他人に対してもしないことだ。
孔子

「応報」は根深い本能。

大規模な分業で大規模な社会性で暮らす超社会性(ultrasociety)。ただし人間以外のアリやハチはみな兄弟。

人は知人から好意を受けるとお返しをしたくなる。人生には協調することで取り分となるパイを拡大することができる状況がしばしばある。

復習と感謝は、協調的な関係を築き上げるのを助け、非ゼロサムゲームから利益を得るために有効。感謝と復讐は人類を超社会性へ導いた。どちらか一方だけが進化できない。ハトとタカ。

自分の脳は「二番目に好きな器官」
ウッディ・アレン

人間の脳はチンバンチーとの共通祖先から3倍になった。脳の大きさの対数が、ほぼ完全にその社会集団のサイズの対数に比例する。
ロビン・ダンバー

その計算で行くと、人類は150人の集団(がMAX)。狩猟民族、軍隊、アドレス帳の研究によれば100人から150人ぐらいが人が顔と名前で直接的に全員を知ることができる「自然な」集団の数。(チンパンジーは30匹の群れ)

チンパンジーの毛づくろいの代わりが言語。言語を使って感謝と復讐(ゴシップ)をする。評価と批判。良いことも伝えたい、悪いことも伝えたい。ゴシップを聞いたらお返ししたい。

ゴシップは圧倒的に批判的。高品質な「おいしい」批判をしたとき、人は自分が力があるように感じる。同時に、ほとんど誰しもがゴシップをするにも関わらず、大半の人がゴシップやゴシップをする人にネガティブな見解を持っている。

たくらみや欲望、私的な失敗が露呈してしまった人の話を聞くと、自分ことのように恥じ入り困惑する(これが世界の自浄作用になっている)。

応報性の(ある意味悪用は)、譲歩で譲歩を引き出す。

幸せと人間関係が深く結びついているのは感謝と報復による超社会性(という本能)。

他人の過失は見やすいけれども、自己の過失は見がたい。
仏陀

スキャンダルは軽蔑という道徳感情味あわせてくれるので最大の娯楽となる。

人は実際以上に「見せかけの」道徳性を重視する。

人は利己主義であり、「見つからないとわかっていれば」不正を行う。一方で、大半の人は自分が善良であり、その行為は善良な理由によって動機づけられていると考えている。象使いは世論という法廷で発言するために象に雇われた弁護士。

大半の人は、自分たちの当初の見解(象の意見)に反する証拠を見つけようとする努力は全くしない。思考とは「つじつまがあう」と停止する。

人間とはまことに都合のいいものである。したいと思うことならば、何にだって理由を見つけることも、理屈つけることもできる
ベンジャミン・フランクリン

他者のだめに対する認知能力は高い。歪んでいるのは私たちの自己知覚。

脳外科手術のように難しい話ではない。組織に属する人は一人ひとりに価値があり、その価値を認められたいと思っている──それだけのことだ。人間というのは、承認と励ましを必要とする。毎晩、私の執務室を掃除してくれる人は、大統領や将軍、政府閣僚と同じ人間である。だから私はありがとうと一声かける。それだけのことをしていると思うからだ。自分のことを単なる掃除人だなどと思ってほしくない。彼らがいなければ私は自分の仕事を全うできない。国務省全体が彼らの肩にかかっていると言っても過言ではない。組織が成功するとき、その仕事にくだらないものなどない。ただ、これほどわかりやすく、簡単に実行できる原理を理解できない、くだらないリーダーが多すぎるだけだ。
Colin Powell(コリン・パウエル)

 

 

 

 

 

 

 

 

参考

[1]しあわせ仮説 ~古代の知恵と現代科学の知恵~ ジョナサン・ハイト 新曜社